2009年1月26日
息子の自転車特訓の続き
公道は不安と書きながら、もう公道デビューしてしまった。小金井公園まで自転車で行ってみた。
とはいえ、途中にある信号は1つだけ。
適当に走らせていると、どんどん上達していくので、見ていて楽しい。
目下の課題としては、他人をよけて止まった位置が一番ジャマな位置になってしまうのを何とかして欲しい事だろうか。
2009年1月25日
息子の自転車特訓
自転車練習のコーチは、妻が担当ではなく、ボクがやらなければいけないようである。
だが、上の子は保育園で勝手に練習して勝手に乗れるようになって、出番が無かった。
しかし、下の子はまだ乗れない。
保育園が建て替えで仮園舎になり、園庭が狭くて練習できないのだ。
小学生に上がる前に乗れるようにしておかなければならないと思った。
息子に自転車練習しようかと提案して見ると、泣き顔になった。
「乗れなくてもいいもん!」
それは困る。
なので、「自転車乗れるようになるとうれしいな〜。そうしたら家族4人で自転車で小金井公園に遊びに行こうか〜。たのしいだろうな〜」
などと言ってみたら、練習する気になったようだ。
そう、自分からやる気を出すことが重要だ。
そして都営住宅の前で練習開始。
普段、廊下で住民に会うことは稀なのだが、家の前にずっといると、ちょこちょこ出入りがある。挨拶が面倒くさい。公園に場所を移動した。
息子はと言うと、発進に苦労している。クランクを発進に適したペダル位置に持っていくことすらままならない。
最初は教えていたが、だんだん面倒くさくなって教えるのをやめて傍観することにした。それでも勝手に練習している。
たまに2ペダル目まで漕ぐことができるかも? という程度で1日目は終了。バスがちょうど開始時と練習中と終了時に通ったので、1時間ちょっと練習していたようだ。
●1週間置いて、練習2日目。
ボクはもう面倒になっていたのだが、息子のほうがやる気満々である。昨日、2ペダル目まで漕げたときに大げさに褒めていたのが効いたのだろうか。
ボクはすでに単なる監視員となり、息子は勝手に練習している。たまに気まぐれで、後ろを持って走らせてやってみる。
「おお、すごいな〜。ちょっとしか力入れてないのに、ちょっと支えるだけでこんなに走れるんだ!」
「おしいな、もうちょっとなんだけどな。ちょっと支えればいいだけなのに!!」
とか言っていたら、まぐれで10mぐらい走れたことがあった。
今回も、バスの様子から1時間程度の練習。
●翌日。練習3日目。
公園はデコボコしていて走りにくいと言うので、場所変更。運動場の脇に、アスファルトの細長い空間があるのを発見。人通りも殆ど無く安全な場所だ。
この日もほとんど放置で、勝手に練習。たまに20mぐらい走れることもあるぐらいになってきた。放置とはいえ、大げさに褒めてみることは忘れずに実行。
ここは狭いので進行方向がずれると、止まるしかなくなってしまう。次回は広いところで練習すべきだろう。
●1週間置いて、練習4日目。
フィットに自転車を積んで、小金井公園に行った。
閑散期なので、駐車場をゲートで区切って縮小している。使われていない駐車場で自転車の練習をすることにした。
先客に、大人2名の曲乗り系の自転車練習組がいた。なんかバック走行している。
ここは広いので、バランスを崩して進路が曲がっても、止まらずに進路修正を試みることが出来る。今の息子にはこの広さが必要だ。
ボクの仕事は場所選定だけで、息子は勝手に練習。そして、駐車場を3周する(こともある)までに成長した。
あとはもう、距離のって直進性に磨きをかけるだけである。
「あっちの売店行って、あったかいジュース飲もうか。」
あっちの売店とは、徒歩10分ぐらいの距離にある売店である。ボクはそこまで小走りで先導する。
やる気を阻害しない程度に、速めに先導。「まってー! 速いよーー!!」とか言われるが、「キミならできる」とか言いながら先導。
だいぶ成長した。
だが、変なところに力が入っているのか、肩が痛くなるようである。
また、公道に出るのはまだ不安だ。
もうすこし練習が必要だろう。
2008年8月 2日
息子が似ている件・湯船のつかり方
息子(6歳)が湯船に浸かっている姿を見て、「ボクにそっくりだ!」と思った。
浸かるなら浸かっている表面積が広いほどエライ! という認識がある。
そのため、口まで浸かる。鼻まで行くと呼吸できないのでその直前まで浸かる。
だが、工夫すれば、もうちょっと浸かれるハズだ。
その工夫とは、顔を上向きにすること。
そうすればさらに後頭部の一部をお湯に浸けることができる。
だが、やりすぎると耳に水が入る。
鼻と耳に水が入らない限界領域で湯船に浸かるのが、ボクの遺伝子だ。
2007年12月26日
サンタがウチにやってくる
先日、暴れん坊ママ 第9話 をコドモと一緒に目撃してしまった。
食い入るように見ているコドモ。どう思ったのだろうか。
しかし、特にサンタが何者であるかについて親子の会話は無かった。
心配しつつ、25日の朝をを迎えた。
テーブルの上においてあるブツを見て、
「サンタさんキターーーーー」
と発言したのでホット一安心。
しかし、真実を話すキッカケを失ってしまった気もする。
2007年3月12日
補助なし自転車
コドモが補助無し自転車に乗れるようになった。
なんだか保育園で練習して、勝手に乗れるようになっていた。
そんでもって、ウチにある補助付き自転車を補助無し自転車に改造しようかと思ったものの、姉のところの自転車が余ったのでもらってきた。
ちなみにフィットの後ろに載った。4人乗車+18インチ自転車は可能であることが証明されてた。
ちなみにちなみに、今後貰う事になるであろう、20インチ自転車はさすがに載らなかった。でも、後ろの座席を倒せば入るだろう。なにせフィットには26インチ自転車も載ってしまう。
さて、貰いに行ったついでに実家にも行った。
コドモはばあちゃんに「補助無し自転車に乗れるようになった自分」を見せたいらしく、乗りたい乗りたいと言った。もちろん、乗せた。
そこで思ったのは、実家の前の道の広さの感覚の違いである。
ボクが子供の頃は、もっと広く見えた。自転車の乗りはじめにはちょうどいい空間。
だが、今見たらやたら狭く見える。
補助無し自転車に乗り始めのコドモがフラフラしながら乗っていると、壁にぶつかりやしないかとヒヤヒヤする。
ちょっと進んだらもうオシマイになってしまう距離も、やたら短く感じる。
当のコドモから見たら、やはりちょうどいい空間に見えているのだろうか?
壁にぶつかる不安はないのだろうか?ちょっと進んだらもうオシマイだなとか思ってないのだろうか?
ボクがコドモの頃は、そんなことを思っていなかったので、コドモも同様にそう思ってないのだろう。
そんな場所で、楽しそうに自転車に乗っているコドモを見ていて思った。生まれ育った土地でないところで子育てすると、コドモの空間感を推測するのが難しいかも、と。
コドモからみて、マックスバリュまでの距離はどういう風に感じるのだろう? 小金井公園までの距離はどういう風に感じるのだろう? 等尺地図で比較すれば想像できるかもしれないが、巻尺で計った距離と、実際に感じる距離はまたちょっと違うものがある。
子育てには土着民の方が有利かなと、ボクのポリシーに反して、ちょっぴり思った。
2007年3月 4日
ドライアイス雲
コドモに薬を飲ませるのに妻が苦労していて、妻がいろいろなものに混ぜて食べさせることを試行錯誤した結果、レディーボーデンのクッキークリームが最適であるとの結論に達した。
しかし、妻が調査したところによると近所のスーパーにはレディーボーデンのクッキークリームは置いておらず、妻が楽天で注文して入手していた。
通販だと送料がかかるので送料無料の8個セット品の注文を妻がしたりして、大量にストックがあったのだが、そろそろそれも無くなりそうだ。
また注文すればよいのだが、大量のレディーボーデンのクッキークリームで冷凍庫が埋まってしまうのはよろしくないし、大量にあるからと言って妻の旦那が調子こいて食いまくるのも良く思っていないようだ。
というわけで、何かの買い物のついでにレディーボーデンのクッキークリームを買ってきたい。
と、無駄に長い前振りだったが、前振りで一番言いたいことはドライアイスを入手したことだ。
ドライアイスを入手したらドライアイス雲を作るしかない。お湯にドライアイスを入れると、アイドルのステージのような雲が出てくるアレである。
以前、マグカップに入れただけだと、テーブルの上を薄く雲が這うだけで面白くなかった。なので今回は台所の洗い桶の中にマグカップを置いて、そこからドライアイス雲を発生させてみた。
そしたら洗い桶いっぱいに雲ができて、手ですくえちゃったりもして楽しい。コドモも楽しんでいた。
今度は「風呂桶いっぱいの雲」に挑戦したい。
2007年3月 3日
指が取れちゃった!?
なんかの思い付きで、親指が取れちゃうマジックをコドモに披露してみた。
取れているように見える親指が実は反対の手の親指である、あの下らないマジックである。
非常に下らないのだが、4,5才の脳みそは簡単にだませるらしく、マジで驚いていた。もしや、名子役なのか? と思うほど好リアクション過ぎる。。すばらしい。これが親子のコミュニケーションか。
コドモだましが通用する年齢のコドモをお持ちの方は、ぜひ試してみてください。
2007年2月11日
東京ドームシティー
コドモの希望ではなく、妻の希望で東京ドームシティーで戦隊モノ。
現行戦隊モノ(名称失念)のショーと、次回の戦隊モノ(名称失念)のプレミア発表会を見た。
現行戦隊モノは5名に後から1名加わり、6名が活躍していた。ここ数年はこのパターンが続いており、それはキャラクターグッズ売り上げに貢献していたものと思われる。単純計算で2割増が期待される。しかも現行戦隊モノは乗り物が各人2台以上あり、コンプすると非常に高額出費になる仕組みも構築されていた。
しかし、次回戦隊モノは3人である。赤青黄だけ。黄は女キャラ。
これはなぜなのだろうか。
もしかして、キャラが多すぎると需要予測が難しいのだろうか。グッズ多品種化での売り上げ増加による利益増が、在庫リスクに負けてしまうとか??
しかし、プリキュアは2人から3人になり、2人に戻った後、今回はいきなり5人になった。
キャラクタービジネス業界で、いったい何が起こっているのだろうか。
あ、単に「新鮮味」というだけの話ですかね。
2006年10月26日
作業時間見積り
お風呂にはコドモのオモチャとして、2Lのペットボトルがある。それと、注射器状の10mL計量器がある。これは何故か薬局で貰ったものである。
息子がその計量器で2Lのペットボトルに風呂のお湯を入れていた。延々と入れている。いっぱいになるまでやる気かコイツ。
そんなことをしたら日が暮れちゃうよ、つーかもう暮れているから夜が明けちゃうよと思っていたのだが、意外にも早く溜まっていく。
1回5秒として、2000mL÷10mL×5秒=200秒で、17分弱か。
その程度の時間の単純作業は大好きのようである。僕が小さい頃に似て。
話は変わって、XGA(1024x768)のピクセルを1時間に1ピクセル埋めていくとすると、どのくらいの時間が必要か。
1024×768÷24÷365≒89.8年。
人の一生は短い。
2006年5月26日
息子の将来の夢
たまにコドモに聞いてみる。「大きくなったら何になりたい?」と。
子:「わかなちゃん」
親:「そりゃ無理だ。ほかには?」
子:「キティちゃん」
親:「もっと無理だ。ほかには?」
子:「ボウケンジャー」
親:「ちょwwwwおまwwww」
質問を変えよう
親:「大きくなったらどんなお仕事をしたい?」
子:「パソコンのお仕事!」
嬉しいような、悲しいような。
2006年4月29日
身長
ウチは賃貸なので「柱のキズはおととしの」ってな傷を付けられないので、実家の柱に付けてみた。傷じゃなくてボールペンだが。
関係ない話だが、ボクが中学生の頃、父がおじいちゃんに手紙を書いたときのこと。
「セガレの背丈も約6尺になり・・・」
尺貫法かよ!?
まあ、「9.72平方メートルの部屋」と言われるよりは「6畳の部屋」と言われたほうがピンとくるので、他人のことは言えないのですが。
2006年2月25日
小金井公園で自転車(のブレーキ)の練習
コドモ(4才)は自転車を漕ぐのが苦手だ。「右足を下まで下ろしたら次は左足」という動作を理解していない。なので、たまには練習させようと思って乗せてみた。そしたら普通に漕いでいた。どこで覚えたんだ娘よ。
次はブレーキを覚えよう。止まり方は進み方よりも重要である。vi や emacs で終了の仕方を覚えるのが重要なのと同じぐらい重要だ。
「止まりたいときはブレーキを握るんだよ」と教える。後ろから押して壁に突進させて「ブレーキ!」とか言いながら教育してみる。とりあえずブレーキを握ると止まることは覚えたようだ。
さて、実践してみるか。と思って小金井公園に向かった。ボクは歩きで、コドモは補助輪つき自転車。公園へ向かうと、いきなり下り坂がある。ブレーキを握って速度を調整しながら進むのはまだ無理のようだ。
その後、平坦な道を快調に進み、上りを押しながら進み、小金井公園に着いた。うめまつり期間中なので梅林のほうまで行ったが、桜の季節のイメージからするとショボかった。家から公園よりも、公園内の移動のほうが時間がかかる。ここまで来て損したと思った。
「わんぱく広場」でひとしきり遊ばせてから帰ろうとした頃には足が痛くなった。歩いているだけなのに足が痛い。普段運動しなさすぎであることを実感した。そして、やっぱり梅林に来て損したと思った。
帰りの園内でも下り坂があった。ブレーキを使うことは出来るが、ブレーキ=止まる である。速度調節が出来ない。止まっては進み、止まっては進み、で、イライラするので「ちょっと握ってゆっくり進めない?」と聞いたら止まらず進み続けた。安全のためにボクが止めるべきか。いや、ボクが止めたら自分でブレーキをかけることの重要さに気づいてもらえない。しかしこの速度(へたれエンジニアが全速力で走る速度)はヤバい。
などと考えているうちに、ちょっとしたステアリング操作から遠心力が発生し、重力と遠心力の合成ベクトルが補助輪の外側に移り、転覆横転に至った。コドモはナイス受け身で、ヒザをすりむいただけの軽症で済んだ。
コドモは泣いてしまったが、痛いの痛いの飛んでいけ〜とか言ってごまかしたら泣き止んだ。
転んでみないと転ぶ限界が分からない。親の目が無いところで限界を超えまくるよりは、親の元でちょっとだけ限界を超えるのを経験したほうが良いと思う。
転んだことで、ブレーキの重要さは分かって貰えただろうか。その先に適度な下りが無かったので分からない。また今度出かけてみようと思う。
ボクの徒歩の限界も、梅林未満だということが分かった。次回は奥まで行かないように気をつけよう。
2006年1月14日
コンピュータが連れてきた子どもたち
先日書いたコレ↓ の感想。
最初に巻末の参考文献を見て、その多さと洋書率の高さから「うは、ただものじゃねぇコイツ」とか思った。
読んでみるとやっぱりただものじゃねぇ状態で、脳科学方面と自身の経験方面から、子どもの脳の発達について解説している。
結論としては、10歳まではネットを与えるなと。
ネットを使ったコミュニケーションをどの程度の年齢から教育するのがいいか、今までは悩んでいた。でも、この本を読んで、経験と理論から「10才」というひとつの指標が出てきたので、なんか気が楽になった。
ちなみにスタンドアロンのPCは「他のことを優先」としながらもダメとは書いていない。
親が子どもを教育するとき、自分がどう育てられたか思い出しながら教育すると思う。しかし、こんなに時代の変化が早すぎると、育てられたときの記憶が役に立たなくなることが多く発生してくる。ネット然り、ケータイ然り。
この本は、「自分が子どもの頃には無かったが現代では必須なモノについてどう教育するか」というテーマで読んでも、読み応えがあるんじゃないかと思った。
2006年1月10日
4才児にパソコン
スパルタ教育によってウチの4才児はダブルクリックを難なくこなすようになった。
ウィンドウの移動・リサイズ・最小化・最大化も完璧だ。マルチウィンドウ・マルチタスクを自然に受け入れているようすだ。
などと喜んでいたところ、書店でこんな本を見つけてしまって買ってしまった。
小学館 (2005/12)
書いた人がもともとアンチだったら買わなかったかもしれないが、70年代末から小学生にコンピューター教育を実践していたという人物が書いているということなので買った。
まだ読んでないので感想は後日。
2006年1月 6日
あそんでプリキュア
たのしい幼稚園2006年1月号に「あそんでプリキュア」というCD-ROMが付いていた。WindowsとMacで遊べるようである。雑誌には、推奨環境をご確認くださいと書いてあるが、その推奨環境の具体的な表示が紙面に無い。起動して初めて表示される仕組みなのだろうか。まあそんなことはどうでもいい。
ひらがなもろくに読めない4歳児が遊べるかどうかテストしてみた。そしたら遊びまくりである。妻のPCを占有してしまう問題が発生するほどに。
もともとマウスを使うことは出来ていた。たとえばマイヤヒフラッシュの画面をあらかじめ出しておけば、「もう一度」の場所をクリックするということは出来ていた。しかし、そういった広い場所をクリックすることは出来るが、もうちょっと狭い場所だとなかなか思うようにポインタが動かせず、クリックできないことが多い。
そんなレベルの4歳児には最適な難易度なようで、もうちょっと狭い場所もクリックできるレベルに成長した。
8つのゲームがあり、最初のメニュー画面でその8つのアイコンから選ぶのだが、どのアイコンがどのゲームに対応しているかも完全に覚えたようだ。
「ぬりえ」によって、マウスの動作精度も上がってきた。
タイピングゲームもあり、ぜひタイピングして欲しいのだが、難しすぎてキライな様子。それでも、「TE」とか「KI」とかは殆ど迷わず押せるようになっている。
そんなこんなで妻PCが占有されて困るので、余剰PCを4歳児専用PCに仕立てた。Pentium!!! 800MHzである。インストール後にWindowsUpdateしていてついうっかり .NET Framework を入れたらさらに2度もパッチを当てる必要があってムカついた。.NETは初めてインストールするのか<ボク。いまさらながら .NET に無縁な生活を送っているんだなと実感させられた。
そしてPentiumIII 800MHzで「あそんでプリキュア」をやってみると動作が遅い。推奨環境は Pentium4以上 となっていた。ゲームをクリアしたときの画面描画が遅くてイライラする。そんなに派手にしなくても良いですよ>講談社。
起動時間も遅いので、初心者(4歳児)が二重起動してしまうのも困る。BGMが2重に再生されるのでエコーがかかったようになって、最初は何事か!? と思った。
さて、このあそんでプリキュアブーム、何日ぐらい続くだろうか・・・。
2005年11月26日
たまには親子3人で
妻が出掛けるというときは、ボクと子供2人で実家に行ってしまうことが多い。(多いといってもそんな機会は数えるほどしかなかったのだが。)
でも、今日は家で3人過ごした。
実家に行くか、自分が面倒見るかについて悩んでいた。子供を実家に連れて行くと、実家の両親が喜ぶわ子供も喜ぶわボクも楽できるわという一石三鳥なので連れて行きたいのだが、たまには父親らしく子供の面倒ぐらい見なきゃな。という思いもちょっとはある。
そんな中、先週の仮面ライダー響鬼での、
というセリフに感化されたような感じで、たまには父親らしく、と考えた。
しかし、なぜかそのことを妻に話してなかったようだ。
昨日、家に帰ると玄関に実家行きの準備がしてあり、子供は明日を心待ちにしている様子。もう実家に電話をするような時間ではない。どうしよう・・・。
翌朝(今日の朝ですな)、電話したら、予定が合わなかった。
今回の教訓としては、「父親らしく」の前に、夫婦間の連絡事項をしっかりしましょうという低レベルな反省に終わった。
2005年11月14日
ヒビキと少年
仮面ライダー響鬼は途中から見始めた。「今回の仮面ライダーは、なんか変」というウワサを聞きつけ、どんな風に変なのか興味を持ち、見るようになった。
どんな風に変なのかは置いといて、(置いとくんかい?) この物語の主題は明日夢(中3〜高1)の成長過程のようである。少年が将来何をやりたいのか、手探りで悩みながら成長する姿。それをうまいことコントロールするヒビキ。
話は飛んで、頭文字Dも主人公藤原拓海の成長が軸になっている。拓海の成長をうまいことコントロールする藤原文太。
どちらのストーリーも、カリスマな師匠と将来のことを考え始める年齢の少年という設定で共通している。師匠の教育方法も、非常に短くて訳分からないセリフだけど適切なタイミングで言うだけ。答えは自分で悩んで考えて決めろって感じ。この設定はボク的には好きらしい。
今回まで、ヒビキは明日夢のことを「少年」と呼んでいた。ボクも途中から見てるので明日夢の名前を知らなかった。もしかして台本上でも名無しさんなのかなとさえ思っていた。
しかし今回のラストシーンで、ちょっぴり成長した少年にヒビキが「ありがとな、明日夢」と言った。
ボクはめちゃくちゃ感動した。
是非、中高生に見せたい。でも、この枠を中高生が見るんだろうか。見ないだろうなぁ。小学生が見ても戦闘シーンしか頭に入らないだろうしなぁ。(ボクは戦闘シーンを早見再生する。)
小学生の親が子供と一緒に見て、将来の教育方針を考える。というのがいいかな?
2005年9月28日
東京ディズニーランドに行ってきた
子供の頃、遊園地というと「フリーパスを買って、乗り物により多く乗ったら勝ち」見たいな価値観だった。そんな価値観でいるとTDLはつまらない。並んでいる時間が長すぎる。
TDLは「乗ったもん勝ち」ではない。そう気づいてからはTDLも楽しいなと思えるようになった。
昔の価値観だと、パレードを見るために場所取りをする、なんてことはしなかっただろう。しかし、パレードを見るのも楽しみのひとつとして、場所取りをして見るのもいい。ポップコーンを食いながら待つのも、なんかいい。
ただ、今後は子供の主張も強くなるだろう。そうなったとき、同じように楽しんでくれるだろうか。ボクが子供だった頃のように、乗り物に乗りたがるのかな? そんなときは親の意見を押し付けずに乗せてやろうかな。レジャーなんだし。
2005年9月23日
成長痛
先日の病院は、事前調査をせずに行った。普段なら事前調査をしなければ気がすまないボクだが、事前調査をしてもしなくても病院に行くことは決定事項である。先入観を排除するためにも、事前調査をしなかった。
で、帰ってきてからググった。
よく聞く話は、成長による痛みである。ということで、「成長 痛い」でググる。どうやら「成長痛」という病名(?)が付いているようだ。しかし、その実態は、「他の疾患が認められない場合、しょうがないので「成長痛」として処理する」という感じ。「他に良い名前がないだろうか」などと言っているページもあり、現代の医学では「原因不明」と言っても過言ではない。
医者としては何らかの病名を言いたいところだろう。
しかし、今回かかった医者は、「この年齢で心配しなければならないのは『腫瘍』や『なんとか』(失念)なんですけれども、レントゲンを見る限り、そのような兆候は認められません。腫れている様子もないし、足を曲げてみても痛がる様子はないし、触ってもシコリのようなものはないし、問題ないと思います。でも、じゃあ痛みの原因は何? と聞かれると、正直わからないです。」と言った。
今後の対策として、「痛ければ、足をかばうような、ビッコを引いたような歩き方になりますから、そのような症状が現れたときはまた来て下さい。」と。
ボクとしての医者に対する感想は、
・考えうる疾患をすべて否定するための努力をしているようす
・わからないことは正直にわからないと言う
・成長痛という曖昧な結論にしなかった
・次のアクションを起こす目安を提案してくれた
ということで、好感触。
同じような客は沢山いるんだろうが、まじめに丁寧に診察してくれたのも好感触。もしかしたら自分の子供も同じような症状になったことがあるのかな? と、ちょっと想像してみた。
2005年9月21日
病院
いつのころからか、夜中に子供が「足が痛い」と言うようになった。「痛いの痛いの飛んでいけ〜」とやっても「痛い」というので本当に痛いのだろう。しかし、30分程度で復活し、ケロっとしている。
症状が出るのが夜中だし、昼間はまったく問題ないし、保育園からも何も言われないし、病院に行くきっかけが無いので行ってなかった。しかし問題が発生した。
実家に泊まったときに、発症した。心配する母。病院へ行けとプレッシャーがかかる妻。
そう、「病院に行ってなんとも無いと言われた」というフラグを立てなければならなくなった。
ということで、嫁姑問題調整委員会委員長のボクが、子供を病院に連れて行った。レントゲンを撮って、「異常はありませんねぇ」という結果。
それでも母が心配するようなら、「よい整形外科を紹介してネ」とプレッシャーをかける予定。
2005年9月15日
安達祐実妊娠2ヶ月
「具が大きい」のCMは、安達祐実だったか。なんかボクの記憶では勝手に間下このみに脳内変換されていた。このみは「がんばれがんばれ玄さん」だったな。
結婚となると、記事に略歴が出るので、「へぇ、そうだったのか。」と思うことが良くある。
さて、今日は「妊娠xヶ月」の話。
妊娠xヶ月って、言葉だけ聞くと妊娠=受精≒セクースしてからxヶ月だと思いがちだが、実は全然違う。ボクも自分の子供ができるまで知らなかった。
妊娠xヶ月のカウントは最後の月経が始まったときに始まる。最後の月経時はすでに「1ヶ月目」なのだ! そして、「生理が来ないどうしよう」とか悩み始めたときはもう2ヶ月目突入である。よくドラマで親に妊娠を報告するタイミングが3ヶ月だったりする。「3ヶ月も隠してたのか!」と思っていたのだが、1ヶ月ぐらいしか隠していない。悩み期間としては適当だろう。大人になって、というか「父親」になって初めて理解した。
それと「目」を略して表現するのも気に入らない。妊娠2ヶ月って61日〜90日のことを指したいとボクは思うのだが、妊娠2ヶ月目ということで31日〜60日のことを言う。
さらに、1ヶ月は30日ではなく、4週(=28日)でカウントする。太陽暦より早くカウントされるのだ。だから妊娠2ヶ月は29日〜56日のことを指す。そして出産予定日は最終月経開始日の10ヵ月後、正確に言うと40週後である。
それと、最終月経開始日から受精日(≒排卵日)は約2週間後。ということで、受精から出産は38週間だ。日数に直して266日。8ヶ月と22日ぐらいか。
妊娠期間というと、十月十日という言葉がある。これは10ヶ月目の10日に生まれる、という解釈らしい。旧暦で9ヶ月と10日だ。旧暦の1ヶ月は月のカタチ(新月とか満月とか)が元に戻る期間である。それが29.53059日なので、29.53059×9+10=275.8日ということで、まあ、266日に近い。最終月経開始日からの280日と比べたらもっと近い。(どっちからの日数を指していたのかは知らん)
まあとにかく、字面のイメージとはかけ離れた世界がそこにある。
■まとめ
・妊娠2ヶ月で発表するのは悩まな過ぎ。
・ハネムーンベイビーはハネムーン後8ヶ月22日後に生まれる。
結婚直前に気が緩んだか? と、思わないようにご注意願いたい。
・暇な学生は JavaScriptなどで計算ページでも作ってみましょう。
・プログラム言語初級コースの先生は例題にでもしてみましょう。
・生理予定日の1週間後は自分で妊娠チェック↓
【医療用具】チェックワン 1回用(Check One)【妊娠検査薬】
2005年9月 7日
積木くずし真相
こないだ録画した「積木くずし真相」をやっと消化した。
「真相」というタイトルが付いている割には、最後に「脚色したフィクションです」と出る。そして原作本プレゼント画面。真の真相を知りたければ買えってことか? いや、穂積に1銭たりともくれてやらんぞと思った次の画面では「業者印税はユニセフに寄付」
うぎゃー、なんか騙されている様な気がするぞ!!!
まあ脚色でもどうでもいいのだが、ドラマに出てくる大抵の親は「ウチの子に限って」と言う。このドラマでも言っていた。ホンマかいな。ボクは今から子供の思春期が怖くてドキドキしているって言うか期待しているって言うか、来たら「キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!」とブログに書こうかとか今から予定しているのだが、いやそれじゃ穂積になるからダメだ。
思春期の反抗を想定してたら極端にグレることは無いかなと安心しているのだが、その安心で足をすくわれるかもって、警戒していれば大丈夫かなって、その安心で足をすくわれるかもって、・・・以下無限ループ。
思春期突入は10年後。学生時代にWindows95が発売されてから10年。どんな未来になっていることやら。
2005年7月 4日
水疱瘡の予防接種と乳幼児医療費助成制度
水疱瘡の予防接種は法定じゃないので有料だ。9000円ぐらいする。一方、病気にかかって医者に行けば乳幼児医療費助成制度により無料だ。
さて、どうするか。無料で免疫が付いたほうがトクだ。しかし、病気になるのは可哀想だ。と、悩んでいるうちに娘が水疱瘡になった。そう、悩んでいたことにしよう。
しかし、最近の水疱瘡の薬は高性能だ。初期に病院にいって薬(ゾビラックス)を貰えば症状が軽いまま治癒する。心配無用。早く息子にも感染して免疫を付けさせたいと思うぐらい。
昔、ゾビラックスは高い薬かつ保険適用外だった。保険適用でも高い。しかし、今は乳幼児医療費助成制度で乱発できる。
子育て支援政策万歳。
2005年6月25日
子供の教育方針
どっちかというと、放任主義である。まったく口出ししないわけではないが、やりたいことは可能な限りやらせてあげたい。そのなかで、本当にやりたいこと、職業として食っていけるようなことを見つけて欲しい。
学習塾に通わせて勉強漬けにすれば成績は上がるだろう。しかし、それは成績を上げるテクニックが一時的に備わるだけで、後々まで残らないのではないだろうか。もしかしたら「表面上の評価を上げるテク」が身について、サラリーマンとしても「出世の階段を上がるテク」に結びつくかもしれない。
だがボクはそもそも「出世するサラリーマン」という道を否定している。植木等さんと同世代ならそれが成功の道だっただろうが、今は違う。
働く形態がサラリーマンだろうが個人事業主だろうが起業家だろうが関係ないとも思っている。しかし、今後はサラリーマンであったとしても「表面上の評価を上げるテク」は通用しないと思う。今後は「誰にも負けない何か」が必要だ。その、「誰にも負けない何か」を見つけるために、色々なことを体験し、自分が得意な事を探し出して欲しい。
趣味が高じると、どこかで必ず勉強の必要性とか楽しさに気付くと思う。マリオがジャンプしている曲線は放物線なんだ、と気付くだけでもかなり勉強が好きになると思う。マジで。昔、BASICでリサジュー図形を書いているだけで楽しかった。そういうキッカケがあって勉強したことは大人になっても身についているはずだ。
趣味が高じる⇒勉強の必要性に気付く⇒その筋で世界一 というのがボクの理想である。学習塾⇒中高一貫教育⇒六大学⇒一流企業 と同程度の難しさだと思うが、落ちこぼれたときの挫折感とかが軽いのがメリットである。落ちこぼれたなりに(ボクのように)なんとなく幸せに生きていけると思う。理想どおりに行かないのが前提で、万が一理想どおり行けば一流企業のサラリーマンより上を狙える。
ただこれは今のボクが考えていることであって、これが絶対正解だとは思っていない。究極の目標は「この家に生まれてよかった」と思ってもらえることである。その目標だけは死守したい。
でも、「生んでくれと頼んだ覚えはない」とか言われるんだろうな。つーか絶対言う。言わないなら相当抑圧されて爆発寸前である証拠だ。「生んでくれと頼んだ覚えはない」と言われるのは一つの通過点だと思う。ボクが死ぬときに、「お父さん、ありがとう」と言われれば目標達成ということにしたい。
最後に、お父さん、お母さん、ボクをパソコンヲタクに育ててくれてありがとう。
2005年6月20日
痛いの痛いの飛んで行け
ボクは子供に対してできるだけ「子供騙し」を使わないようにしようと思っている。「痛いの痛いの飛んでいけ〜」などと言うのは自分でも意味分が分からないし、そもそも小っ恥ずかしい。
だがしかし、ちょっとのコトで痛がって泣く子供に困って、一度使ってみた。すると泣き止むではないか!!
それからというもの、この子供騙しを乱発している。
「痛いの痛いの」の時に押さえる所が違うと、「こっちぃ〜」と言ってやり直しをさせられる。痛い場所が複数箇所だと、それぞれについてやらされる。それで泣き止んでくれるなら小っ恥ずかしくてもやってやろうじゃないか。
2005年3月31日
愛・地球博に行きたいか
博覧会ってのは展示物を見にいくのだが、人ごみだけ見て帰ってくるのがオチである。
小学生の時、つくば万博に行ったときそう思った。お目当ての施設は1時間以上待たされる。外国の施設は並ばないがつまらん。疲れて帰ってくるだけ。すげー並んでリニアモーターカーに乗ったような記憶もあるような無いような。一番インパクトがあったのは常磐線から見た工場の多い景色だったかもしれない。学研の学習と科学で読んだ以上の何かは得られなかった。
自宅でニュースを見ていたほうが面白い。リニモが浮上しないとか、90分待ちとか。弁当持ち込み禁止に首相が横槍入れたり、その鶴の一声で方針が変わったり。
でも、子供が小学生ぐらいになったときにこんなイベントがあったら「行って見たい」と言い出すんだろうなぁ。そうしたら困るなぁ。でも、言い出したら連れて行くと思う。「作られた体験」を体験することのツマラなさは、体験してみないと分からない。ほーら、ツマラないだろう、とは言わず、意図的に無計画に行動してツマラなさを演出して、2度とこのような場所に行きたいと言わせないよう仕向ける。
イベントの度に断るよりも、1度ひどい目にあわせてやったほうが、後で楽になると思う。
・・・もしかしてボクもそうやって育てられたのか?
2005年1月22日
子供の性格
娘にピザを与えたら、「(弟と)半分コね。」と言って切り出した。普通、具のバランスを考えて、「半径」のラインで切ると思うが、娘は「円弧」のラインで切り始めた。おい、それ具のバランスが悪いよ・・・と思ったものの、その後の展開を見たくて様子を見ていたら、具の多いほうを息子に渡した。
娘は炭水化物がお好きな様子。これは妻の血を引いている。スパゲティーとゴハン、とか、そんなノリだ。
一方、息子は具だけ食べている。ベーコンスライスやらウィンナースライスやらを剥がして食べている。ついにそのピザは「プレーンチーズピザ」になった。しかし、それだけでは終わらなかった。息子はその「プレーンチーズピザ」を食べだした。
息子は材料の部品毎に食べるのがお好きな様子。これはボクの血を引いている。ゴハンをカラにしてから味噌汁を飲む、とか、そんなノリ。