2007年4月25日
就職→転職
最初の会社はまあ普通の会社を目指している会社であり、普通に新卒採用して3ヶ月の新人教育して、その後はOJTというごく普通の流れだった。
だが、最初に入れられたプロジェクトが普通じゃない。すでに終わっていなければならないはずの、デスマーチプロジェクトだった。
過去の遺産を流用するため、アセンブラを使い続けていた。そして実機が1台しかなく、テスト可能なのも1人だけ。
遅れているので、人海戦術ということで人だけは大量にいる。机上デバッグだけしかしてないアセンブラソースが増えていく。人が多いのでモジュール間の整合性が取れていない状態で、1人がデバッグしている。
実機が1台というのがボトルネックだ。これを改善する素晴らしい案が実行された。それは、「2交代制」。
AM9時〜PM9時 の人と、PM9時〜AM9時 の人とで交代して利用すれば効率2倍!
デバッグしている人はスゴイ人で、バグを発見すると16進ダンプ上でプログラムを書いてしまう。しかし、これが問題だ。デバッグした内容をソースに反映させるのを忘れてしまうことが発生するのだ。これの再発見に時間が掛かる。それを排除するためにはどうしたらよいか。などと、外野の偉い人は議論していた。
そんな状況を、適当なアセンブラソースを書きながら1年半ぐらい傍観していた。
バグ曲線の捏造とかもしてたな。適当に揺らぎを入れたつもりなのに、「曲線がキレイ過ぎる!」と怒られたりしながら。
1年半ぐらいして、プロジェクトを変えてくれー! と言ったら変えてくれた。次は次世代携帯電話(の基地局(の制御装置))のプロジェクトだった。
無理に変えてもらったので、作業場所が遠かった。新横浜になってしまった。プロジェクトがさらに進むと横須賀になってしまう恐れもある。
巨大プロジェクトの末端で、成長しないまま「華麗に転職」の機会を失っていくのだろうなという危機感だけが増幅されていった。
それと、この会社、組合によると、30歳前後の給料が世間一般より低いらしい。
ということで、2年経たずにあっさり転職。(まだ「華麗に転職」ではない)
次も、希望は「ソフト関係で、高田馬場か西武新宿付近」だった。リクルートエイブリック(現リクルートエージェント)で探してみた。
最初はメジャーどころに挑戦してみたくなる。Aplixもあったが、エージェントに「そこはスゴイ人しか入れないよ」と言われてしまった。今思えば、「いや、私もスゴイんですが!」と言っておけばよかった。
一方、ACCESSは受けさせてもらえた。似たような2社だけれども、そんなもんなんですかね。
しかし、ACCESSは失敗した。最初に行ったのがACCESSであり、なぜか面接と試験を勘違いしていて面接の傾向と対策をしていない状態で面接を受けて撃沈した。「長所は?」と聞かれて考え込んでいたら、「君ね、面接というのはね・・・」と説教モードになってしまった。貴重なお時間をとらせていただいてすいませんでした。
場所が遠いからまあいいや、とかも思っていて油断しすぎていた。
当時は実家に住んでいて、高田馬場まで出るだけで1時間以上かかっていた。一人暮らしをして(家賃を払って炊事洗濯の面倒をして)勤務地自由度を上げるよりも、実家のまま勤務地を近くしたほうが、幸せな人生になるだろうと考えていた。
心を入れ替えて、本命どおり、社名を気にせず高田馬場徒歩5分以内で検索しなおした。実際にはそんな検索条件を指定できないので目で探すことになる。不動産の検索みたいに「駅で検索」とか「路線で検索」とかの機能も欲しいと思った。(実際に、アンケートにそう書いた記憶がある。)
で、めでたく高田馬場徒歩5分のベンチャー企業に入社した。
眠いのでまた次回に続く。
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いよいよ、華麗に転職ですね!!(本当???)
それはまだまだ先です。